縁側に、見積書を2枚並べて
縁側で見積書を受け取った日の続きを書きます。公民館で受付のパートをしている、和恵です。
2枚の見積書を並べた日から、庭のお金のことを、何度も考え直しています。
| 去年 | 今年 | |
|---|---|---|
| 剪定と、切った枝の処分費 松・ツバキ・モチノキ | 4万3,000円 | 5万2,800円 |
| 去年との差 | 9,800円 | |
| 来年も、同じだけ 上がったとしたら | 6万2,600円 (電卓でたたいた、仮の計算) | |
去年の見積書は、茶だんすの引き出しにとってありました。縁側に、今年の分と2枚並べたものです。
去年は、金額をよく見ないまま、「今年もお願いします」と頭を下げていたんです。
「庭の手入れは、
毎年同じくらいの
出費で済む」
嫁いできたときから、秋になると、そう思って植木屋さんに頼んできました。
人件費も、庭の木が伸びることも、毎年秋が来ることも。どれも、私の力では変えられないものばかりです。
去年の見積書の裏に、
書き出したこと
去年の見積書を裏返して、入ってくるお金と出ていくお金を、全部書き出したんです。
- 入ってくるお金
- 夫の年金(66歳)
- 私のパート代(公民館の受付・週2日)
- 庭の手入れに出ていくお金
- 去年 4万3,000円
- 今年 5万2,800円(去年より9,800円高い)
- 来年も同じだけ上がったら 6万2,600円(仮の計算)
ペンを置いて、縁側から庭を見ました。松もツバキもモチノキも、来年の秋には、また枝が伸びています。庭は好きなので、今年もお願いしました。
庭の手入れは、毎年同じくらいの出費で済む。そう信じきっていたことを、今はとても後悔しています。
だからブログの最後に、「今のうちに一度、これからのお金を見直そう」と書きました。
このページでは、その続きを書かせてください。
9,800円を、見直して
書き出したものを何度見直しても、「出ていくお金」の欄には、削れるものが見当たりませんでした。嫁いできたときから手入れしてきた庭を、そのままにはしたくないからです。
残るのは、「入ってくるお金」の欄です。
でも、そこに並ぶのは、どれも額が決まっているお金。
夫の年金は、国が決める額。
私のパート代は、時給と週2日で決まる。
貯金は、使えば減っていくだけ。
見積書の額が上がっても、自分の手で増やせるお金が、ひとつもなかったんです。
来年の秋にも、植木屋さんは庭を見に来てくれます。
家の手入れのお金は、
どこから出ていますか
ここまで読んで、「うちには、庭がないから」と思った方もいると思います。
庭でなくても、家には、毎年決まって頼んできた手入れや修理があると思います。その額は、去年と同じとは限りません。
少しだけ、ご自分の家の「入ってくるお金」を、思い浮かべてみてください。
- お勤めやパートのお給料(決めるのは、会社や時給と働ける日数)
- 夫や自分の年金(額を決めるのは、国)
- 貯金(使えば、減っていくだけ)
この中に、自分の手で増やせるお金は、何本ありましたか。
私の家は、0本でした。
出ていくお金は、見積書のように、こちらの都合と関係なく上がっていきます。入ってくるお金は、誰かが決めた額のまま。
0本だった方は、縁側で見積書を受け取った日の私と同じです。
私も、2枚の見積書を並べるまでは、「庭の手入れは、毎年同じくらいの出費で済む」と思っていました。
「私には無理」
そう思いこんでいた理由
見積書を手渡されたとき、植木屋さんは言いました。
「今年から、人件費が
上がってしまって」
長いお付き合いの、感じのいい人です。値上げは仕方ないと、私もわかっています。わかっていても、来年の見積書の額は、私には決められません。
それでも、「じゃあ、私が増やそう」とは思えませんでした。収入を増やすなんて、私の暮らしには出てこない言葉です。
その夜、去年の見積書の裏の、まだ空いているところに、「私には無理」と思う理由を書いてみました。
- 去年の見積書の裏に書いたこと
- パートは週2日でも、家と庭のことで一日が終わる
- パソコンは、触ったことがない
- 64で、新しいことは覚えられない
- 年金暮らしなのだから、欲張らない
書き終えてから、ひとつずつ、横に印をつけてみたんです。
「やってみて、だめだったこと」か、「やったことがないこと」か。
印は、全部「やったことがない」の方につきました。
- パートは週2日でも、家と庭のことで一日が終わるやったことがない
- パソコンは、触ったことがないやったことがない
- 64で、新しいことは覚えられないやったことがない
- 年金暮らしなのだから、欲張らないやったことがない
「無理」だったのではなく、
「やったことがない」
だけでした。
入ってくるお金の欄が0本のままだったのは、増やす方法がなかったからではありません。私が先に「無理」の欄に入れて、見ないようにしていたからでした。
今こうしてブログを書いていることも、あの夜の私なら、迷わずその欄に入れていたはずです。
もしよければ、あなたが「私には無理」と思う理由も、書き出してみてください。そのうち、やってみてだめだったものは、いくつありますか。
もし、入ってくるお金が
もう一本あったら
それから、去年の見積書の裏の続きに、これからの5回の秋を、2通りに書いてみました。
- 見積書を受け取るたびに、去年の分と並べる
- 「今年もお願いします」の前に、電卓をたたく
- どの木の剪定を減らすか、迷うようになる
- 庭のお金を、年金とパート代の残りで数える
- 見積書を、落ち着いて受け取れる
- 「今年もお願いします」と、迷わず頭を下げられる
- 松もツバキもモチノキも、今のまま手入れを続けられる
- 植木屋さんと、庭の話を楽しめる
どちらも、同じ私の5回の秋です。
違うのは、入ってくるお金の欄に、自分の手で増やせる一本があるかどうかだけ。
大きな額でなくていい。見積書の額が上がっても、庭も暮らしも揺れない一本。
そう考えたら、「収入を増やす」は若い人ががんばる話ではなく、好きな庭を、これからも守る話になりました。
もしよければ、ご自分の家のこれからも、2通りに思い浮かべてみてください。
ただ、その一本をどう作ればいいのか。私には、見当もつきませんでした。
調べ始めると、目に入るのは「スマホだけで月◯万円」「年金にもう一本の収入を」といった話ばかり。2枚の見積書を並べたあとだと、どれも本当のことに見えてしまうものです。
そんなとき、このブログを運営している赤原さんから、そういう話の裏側を教わりました。
もし、私の話に少しでも
共感してくださったなら
考えておいてほしいことを、4つ書いておきます。赤原さんから教わったことです。
うまい話に、すぐ飛びつかない
「案件を保証します」というスクールや、「高い商品を人に紹介すれば、報酬がもらえる」という話。それがなぜ危ないのかを教わってから、うまい話を見ても、まず「これは誰が得をする話なのか」を考えるようになりました。
見積書を2枚並べたばかりの私が、だまされるわけにはいきません。少なくとも、焦って誰かの話に乗ってしまうことは、もうないと思います。
「稼ぐ」ではなく「守る」ためのお金
収入を足すといっても、60代から会社を作るわけでも、大きな事業を始めるわけでもありません。
私が考えているのは、大金持ちになることではなく、夫婦の暮らしと、嫁いできたときからの庭という、ささやかな幸せを守る力を、今のうちに持っておくこと。
大金持ちにならなくていい。そう考えたら、現実的な話に感じられました。
誰かと競うものではない
「そもそも、誰かと競うものでもない」とも言われました。
私はすでに高齢者です。若い人たちと同じように、夢や希望を語って、キラキラしながらガンガン勝負する。そんなことは無理だと思っていました。
でも、それも必要ないと言われたんです。
お金の「性格」を書き出す
夫の年金と、私のパート代。入ってくるお金を書き出したら、その横に、そのお金を得るために何を差し出しているのかを書いてみてください。
自分がお金を得るために、何を費やしているのか。それをはっきり知ることが大事だと言われました。
実際に私も、この内容を理解して、一つひとつ、自分を守るためのお金づくりができてきた感じがしています。今は、このブログの運営も含めて、できるようになりました。
ここまでの話を踏まえて、具体的にどう動けばいいのか。その具体例も、赤原さんが無料で公開してくれています。
赤原さんの話は、
無料のメールで
学ぶことができます
私が学んだメールを書いている方の自己紹介動画があったので、拝借して下に載せております。
赤原さんが、自分の歩みを絵に描きながら話している動画です(1分49秒)。
読んでみて、自分には要らないと思ったら、
それで構いません。
やらないことも、ひとつの選び方だと思います。